かけら集めの毎日

小さな幸せと気づきで、私の人生にまた光を集めていく

子どもが笑ってた。それだけでよかったと思えた週末。

先週末、久しぶりに家族で旅行に行ってきました。


いつもは習い事や予定でバタバタして、やっと空いた週末はYouTubeを見たりゴロゴロしたり…
そんな過ごし方が増えていたわが家ですが、今回は思いきって自然の中へ。

 

ラフティングをしたり、トリックアート展に行ったり。


普段なら選ばないような「ちょっと本気で遊ぶ」体験が詰まった一日になりました。

 

ちなみに私は、ラフティングで全身バキバキの筋肉痛。

 


でも、何よりうれしかったのは、子どもたちの顔がほんとうに楽しそうだったこと。

 

 

はしゃいで、笑って、ちょっと怖がって、また笑って。


あの時間の中で、ちゃんと「生きてる」って感じたんだろうなって。

 

最近、子どもたちもなんとなく疲れてるな、って感じることが増えていて。
家ではよくダラダラしてるし、声をかけても反応が薄かったり、
「なんでこんなにやる気がないんだろう」って、イライラした日もありました。

 

でもきっと、心も体も元気じゃなかったんだなぁって。

 

 

今回みたいに、自然の中に出て、ちょっと冒険して、たくさん笑って。
そうやって「感じる」時間が、リフレッシュになるんだなって、しみじみ思いました。

 

 

子育てって、正解が見えないことばっかりで。

 

うまく育ってない気がしたり、
他の子と比べて落ち込んだり、
「こんなふうで大丈夫かな」って悩むことばかりだけど。

 

でも、
「子どもが笑ってる」って、実はとても大きなサインなんだと思います。

 

勉強してるとか、ちゃんとしてるとか、

 

そういうことよりも、

 

今日楽しめた?

心がちゃんと動いた?

 

それを見てあげることも、きっと大事なんだと思いました。

 

筋肉痛の体を引きずりながらも(笑)
家に帰ってからも、あの笑い声が思い出されて、
あぁ行ってよかったな、って何度も思っています。

 

 

そんなふうに思えた週末の記録を、ここに残しておきたくて、今日この記事を書きました。

 

読んでくださって、ありがとうございます。
今、ちょっと疲れてる誰かの心に届いたらうれしいです。

ありがたいと思えるようになったこと

Webデザイナーを目指して、本気でがんばっていた時期がありました。

 

案件を探して、提案文を書いて、スクールの課題にも必死で取り組んで。
少しでも前に進みたくて、顔出しも発言も苦手だけど、グループコンサルにも積極的に参加して。


一つひとつが自分にとっては小さくない挑戦で、


だけど頑張っても、すぐに結果にはつながらない現実に、

どこか心がすり減っていました。

 

正直、「もう無理かも」と思ったこともありました。

 

頑張っているのに、向いてないのかもしれない。
頑張ることがつらい。
頑張れない自分にも、がっかりして。

 

 

でもそんな時期を経て、今は在宅でできる別の仕事もしています。


Webデザインとは少し違うけれど、
働いた分、ちゃんと対価がもらえて、
依頼されたことを黙々とこなしていけば評価ももらえる。

 

これまでは「もっとやりがいのある仕事がしたい」とか、
「自分らしく働きたい」とか、そういうことばかり考えていたけれど。

 

 

今こうして仕事があること。
それを家でできること。
報酬がちゃんと振り込まれること。

 

そんな当たり前のことが、なんだかとてもありがたいなって。
やっと、思えるようになりました。

 

 

心に余裕がないと、見えなくなってしまう「ありがたさ」。

 


でも見えなくなっていただけで、本当はずっとそこにあったんだなって。

 

今、心の奥にそっと染み込んでくるように、感じています。

 

 


そんなふうに思えるようになったことを、記録として残しておきたくて、

今日この記事を書きました。

 

 

読んでくださって、ありがとうございます。
今、少ししんどい場所にいる誰かの心に、そっと寄り添えたらうれしいです。

気づかないうちに過ぎていた時間

うちのリビングの窓から見える隣のお庭。
そこには、ずっと犬がいました。

 

子どもたちも、朝ごはんを食べながら「今日もいたね」「あ、こっち見た!」なんて言って、よく観察していて。


私も、洗濯物を干すついでに「元気〜?」なんて話しかけてみたりしていました。

 

もちろん返事はないんだけど、それでも、そこに“いる”というだけで、なんだか安心感があった。


存在感が大きい、というよりは、静かにそこにいてくれるだけで心が和らぐ、そんなわんちゃんでした。

 

 

でも、いつからだったか、姿が見えない日が続くようになっていて。


「あれ?最近見ないねぇ」なんて子どもたちとも話していたのに、それ以上気にかけることもなく。

 

ある日、隣の旦那さんが庭に人工芝を敷いていたので、
「人工芝、ワンちゃんはいいんですかー?」なんて、軽く聞いてみたんです。

そしたら、


「ああ、亡くなったんですよ。もう4ヶ月も前に」

 

……絶句しました。

 


そんなに前だったなんて。

 

私たちはその間、何も気づかずに、いつも通りの毎日を過ごしていました。
あの静かな庭にも、いつの間にか慣れてしまっていた。

 

でも、それはきっと、私たちの側の話で。

 


飼い主さんご家族にとっては、その4ヶ月がどれほど寂しくて、ぽっかり穴があいたような日々だったんだろうと想像したら、胸がぎゅっとなりました。

 

 

気づけなかった自分にも、何もできなかったことにも、正直少し罪悪感があって。


でも、それでも、その犬がいたことを思い出して、その存在をちゃんと覚えていようと思ったら、
少しだけ心があたたかくなりました。

 

思い出すことで、


「いなかったこと」にはならない。

 

そう思えたことで、少しだけ救われたのかもしれません。

 

 

あのわんちゃんがいてくれたおかげで、子どもたちと笑った朝があって、
なんでもない日常の中に、優しい時間があったこと。

 

それを私は、ちゃんと覚えておきたい。

 

あの子に、ありがとうの気持ちをこめて。

 

 


 

そんなふうに思えるようになったことを、記録として残しておきたくて、今日この記事を書きました。

 

読んでくださって、ありがとうございます。


小さな別れや日常の変化に、そっと寄り添ってくれるような記事になっていたら嬉しいです。

 


 

夢を追って気づいたこと。私には“安心して働ける場所”が必要だった

 

Webデザイナーに挑戦したのは、在宅でも働けて、誰かの役に立てる仕事がしたいと思ったからでした。


自分の得意を活かして、心を込めてつくったデザインが喜ばれる。


そんな世界に憧れて、私は本気で勉強を始めました。

 

 

スクールに通い、ポートフォリオを作り、SNSで発信をし、仕事につなげるための努力を続けました。

 


でもその過程で、いくつもぶつかる壁がありました。

 

 

何より大変だったのは、「仕事を取ること」でした。


発信や営業はどうしても気が重く、積極的にアピールすることが苦手な私には、すごく高いハードルに感じました。

 

頭では「やればできる」とわかっていても、心がついてこない。


自分が頑張れていないような気がして、落ち込む日もありました。


周りの頑張っている人たちと比べて、自分は向いていないのかもしれないと、何度も思いました。

 

 

そんな中で、いま私が続けている「在宅のアルバイト」のありがたさに、改めて気づくことがありました。

 

与えられた仕事に取り組めば、その分きちんと報酬がもらえる。


継続的に仕事があること。

誰かに選ばれるプレッシャーを感じずに、安心して取り組めること。


それは当たり前のようでいて、とても大きな支えでした。

 

 

「やりがいのある仕事」に惹かれて始めたWebデザイン。


でも、やりがいの裏側には、不安定さや自己責任の重さがあって。


それに耐えるには、自分にはまだ心の余裕が足りなかったんだなと思います。

 

今の仕事は、誰かの役に立っているという実感は薄いかもしれない。


でも、自分の生活を支えてくれて、私にとって「安心して働ける場所」になっている。
それが、今の私にはとてもありがたい存在です。

 

夢を追うことも、もちろん大切。


でも、「自分が安心できる場所で、少しずつ前に進むこと」も、同じくらい大切なんだと、今は思っています。

 

 

向き不向きを知ることは、決して諦めではなくて。
自分を大切にするための、選択のひとつ。

 


そんなふうに思えるようになったことを、記録として残しておきたくて、今日この記事を書きました。

 

もし今、立ち止まっていると感じていても、無理に前に進まなくても大丈夫。
安心できる場所から、また少しずつ歩いていけたらいいですね。

あの頃の私と、今の私へ

美容院の帰り道、自転車で通りかかった小さな公園。


そこには、昔子どもたちが幼稚園に通っていた頃によく遊んでいた遊具がありました。

 

 

ほんの一瞬だったのに、あの頃の空気や子どもたちの笑い声、手をつないで歩いた帰り道の景色がふっとよみがえってきて、胸がじんわり温かくなりました。

 

 

あの頃の私は、毎日がバタバタで、自分の時間なんてほとんどなかったけれど、
今振り返ると、そんな毎日が本当にかけがえのない時間だったんだなと思います。

 

もし、もっと早くから働いていたらどうだったんだろう?

 

そんなふうに思うこともあるけれど、
専業主婦として子どもたちの成長を近くで見守れたことは、私にとってとても大きな宝物です。

 

 

今の時間を大切にしているあなたへ。

 

 

お友達がバリバリ働いている姿を見て、うらやましく感じる日があるかもしれません。
「自分は何もしていないんじゃないか」「怠けているんじゃないか」
そんなふうに、自分を責めてしまう日もあるかもしれません。

 

でも、あなたが毎日していることは、目に見えなくても、ちゃんと意味があるし、誰かの力になっている。

 

立ち止まっているように感じても、それはきっと「今しかできない大切な時間」なんだと思います。

 

焦らなくて大丈夫。

 

今日のあなたが過ごした時間が、未来のあなたや、家族のあたたかな記憶になっていきますように。

グリフィンドールを引き寄せた夜

昨日、少しだけお出かけしたときのことです。


ふらっと立ち寄ったお店で、あるアイテムが目に留まりました。

 

それは、ハリーポッターの“四つの寮”の紋章が入ったスタンプが出てくるバスボム。
しかも、ただのスタンプではなく、手紙の封を閉じるときに使う封蝋(シーリングワックス)用のスタンプです。


お風呂に入れて溶かすと、中からどれか1つの寮のスタンプが出てくるというもので、どの寮が出るかはお楽しみ。

 

グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフの4種類があるのですが、中身は見えず、完全にランダムです。

 

 

うちの妹(娘)はハリーポッターが大好きで、もちろん推しはグリフィンドール。


これは絶対に喜ぶはず…

 

と思って、その場にいたお姉ちゃんと一緒に、「妹に買ってあげよう」と決めました。

 

ちょうどセール品だったこともあり、

「たぶん人気のグリフィンドールやスリザリンは、もう残ってないかもね」
「この価格なら、他の寮の在庫が多いのかも…」

なんて少し弱気になりながらも、2人で「これだ!」と思うものを1個ずつ選びました。

 

そして夜。

 

妹が「今日のお風呂でやってみる!」とさっそく試すことに。

 

私はそのとき、お風呂には入らずキッチンにいました。

「もしグリフィンドールが出たら叫んでね!ダンブルドア先生みたいに〜!」

 

そう伝えてからしばらくして、


お風呂のほうから、響いてきたのは…

 

 

「グリフィンドーーール!!!」

 

 

実はこの「グリフィンドール!」というセリフ、
映画の中でダンブルドア先生が、寮対抗戦の最後に優勝寮を発表するときの名シーンで、我が家の中でもお気に入りのセリフのひとつなんです。

 

この出来事には小さな「引き寄せ」の物語がありました。

 

私が5月から始めていた感謝ワークの中で、「引き寄せの法則」について学んでいて、
そのワークのひとつに


“まだ起きていないことを、すでに叶ったかのように想像し、感謝する”

 

というものがあります。

 

 

バスボムを買ったとき、私の心には「きっとグリフィンドールは出ないかも…」という予想もありました。


でも夜妹がそのバスボムを手にお風呂に向かう前、不思議と、娘がグリフィンドールを手にして、大喜びしている姿が、すごくリアルに思い描けたんです。


その瞬間、なんだかもう「叶った」みたいな気持ちになって、
「よかったね〜」と心の中で先に喜んでいる自分がいました。

 

そして、現実になった。

 

 

この小さな体験を通して、「引き寄せの法則」は特別なことじゃなくて、
日常の中の“ちょっと信じてみる力”なんじゃないかと、感じたのでした。

 

 

 

昨日の夜、お風呂場からあの名セリフが飛び出してきた瞬間のことを思い出すと、
今日もなんだか笑いがこみ上げてきて、じんわりと幸せな気持ちになれます。

 

引き寄せる力・・・日々のちょっとした出来事がなんだかワクワクしてきそうな出来事でした!

頑張りすぎた9ヶ月|Webデザインスクールで気づいた“わたしらしい働き方”

 

在宅で働けるスキルを身につけたい。

 

子どもたちの成長を見守りながら、自分自身のキャリアも大切にしたい。

 

そんな想いから、私はWebデザインスクールに通うことを決めました。


講座の期間は9ヶ月。決して短くはない時間です。

 

 

週に2〜3回のグループコンサル(グルコン)では、毎回Zoomで顔出し。


動画学習、課題の提出、ココナラの出店、営業活動(がんばれる範囲で)…。


やるべきことは山ほどあって、プレッシャーも大きかったけれど、

 

「やるって決めたからにはやる」

 

そう自分に言い聞かせて、がむしゃらに走ってきました。

 

 

 

「できない」から「できる」へ——じゃなくて、「できない自分を演じ続けた9ヶ月」

 

 

 

グルコンでは、毎回ちゃんと発言するように心がけていました。


苦手な顔出しZoomも、できるだけ明るくふるまう。

 

他の生徒さんが悩んでいれば、「すごいですね」「そのデザイン素敵です」と声をかけて、(若いお母さん、学生さんが多いから余計、なんか自分の役割のような気さえしてしまって)空気をよくする一員になろうと、自分なりに努力していました。

 

でも、本当は——


人前で話すのも、誰かの前で自分の意見を伝えるのも、得意じゃない。

 

なるべくなら静かにみんなの意見を聞いているタイプの私。

 

心のどこかでずっと、ざわざわ。

 

 

最後の面談で言われた言葉と、心のざわめき

 

 

スクールの最後の面談で、先生にこう言われました。

 

「もっと稼ぐことに真剣になってください」
「もっと営業してください。交流会にも出ていきましょう」

 

言っていることは正しいし、
やろうと思えば、まだまだ頑張れたのかもしれない。

 

実際、交流会に出続ければ慣れてくるかもしれないし、
営業も数をこなせば、受注につながっていくはず。

 

 

でも、その言葉を聞いた瞬間、
心の中に“スン…”と冷たい風が吹いたような感覚があって——

 

ああ、なんか、もう無理だなって。

 

 

 

頑張ることに限界を感じたというより、


“自分を演じていること”に、急に疲れてしまったんです。

 

 

「向いてないのかも」じゃない。「私には、違うやり方がある気がする」

 

 

その日から、私はゆっくりと考え直し始めました。

 

「私は向いてないのかも」じゃない。
「私は、もっと違うやり方がある気がする」って。

 

みんなの前で積極的に発言して、営業して、案件を取る。


それが得意な人もいる。素晴らしいと思う。

 

だけど私は、もっと静かに、じっくり信頼を築いていく働き方のほうが合ってるのかも。


誰かと比べて無理を重ねるより、
自分のペースで、一歩ずつ、丁寧に進んでいく道もあるはず。

 

それでも、無駄な9ヶ月じゃなかった

 

こうして振り返ると、まるで「自分には合わなかった」と否定しているようにも見えるかもしれません。

 

でも、私はこの9ヶ月を、大切な時間だったと思っています。

 

一生懸命やってみたからこそ、「あ、違うな」と気づけた。

無理をしてでもやってみたからこそ、「自然体のまま働きたい」と思えた。

 

この気づきは、やってみた人にしか得られないものだと思います。

これからはもっと「わたしらしく」働ける道を探していきたい。


静かでも、目立たなくても、ちゃんと誰かに届く仕事をしていきたい。

 

最後に

 

もし今、何かに一生懸命になっているのに、
どこかで「なんか違う」と感じている方がいたら——

 

 

無理に“正解”を探さなくてもいいと思います。

 

 

自分を大切にしながら、自分だけのペースで歩く道も、ちゃんとある。

 

 

がんばらなきゃ、じゃなくて、
がんばり方を、選んでいい。

 

私もまだ途中だけど、
そんなふうに歩いていきたいなと思っています。